地域医療を支えてきた病院やクリニックでも、閉院に追い込まれるケースは少なくありません。経営悪化や後継者不足、医師やスタッフの高齢化など、背景には複数の要因があります。こうしたリスクを理解せずに放置すれば、突然の閉院が患者や地域に大きな影響を与えることになります。
この記事では、病院が閉院に至る主な理由や経営者に及ぶリスクを整理し、事前に備えるための視点を解説します。さらに、完全に畳む以外の選択肢として「継承」や「第三者承継」という方法も紹介し、持続可能な経営につなげるための考え方を紹介します。閉院を避けたい方や、将来に備えたい方にとって参考となる内容ですので、ぜひ参考にしてください。
目次
病院やクリニックが閉院を余儀なくされる背景には、単一の要因だけでなく複数の問題が重なっているケースが少なくありません。経営面の悪化や人材不足、後継者不在といった内部要因に加え、地域社会の変化や制度改定といった外部環境の影響も大きく関わります。
これらの要素を理解しておくことで、早い段階からリスクを察知し、閉院を防ぐための対策を検討しやすくなります。
ここでは代表的な理由を取り上げ、それぞれの特徴を解説します。
診療報酬の減少や患者数の落ち込み、さらに人件費や医療機器リース料などの固定費増加が重なると、経営は不安定になります。日本政策金融公庫の調査によると、小規模クリニックの約3割が「資金繰りに不安を抱えている」と回答しており、決して珍しい状況ではありません。赤字経営が続けば追加融資も受けにくくなり、結果として閉院の決断を迫られることになります。資金繰りを改善するには、コスト削減だけでなく新しい収益源の開拓や専門家への相談が欠かせません。
院長や勤務医の高齢化は閉院に直結する大きな要因です。体力や健康上の問題で診療を続けられなくなるケースは少なくありません。また、スタッフの高齢化によって業務が円滑に回らなくなり、診療体制が維持できなくなることもあります。計画的に若手人材を採用し、長期的な人材育成に取り組むことが、経営を安定させるために重要です。高齢化の影響を放置すれば、早期の閉院につながるリスクが高まります。
院長の子どもが医師でない、または医師であっても承継を希望しない場合、後継者不在の問題が生じます。承継準備を進めないままでは閉院しか選択肢がなくなり、地域医療にも悪影響を及ぼします。親族承継にこだわらず、第三者承継やM&Aといった方法を早めに検討することが必要です。後継者問題は時間をかけて解決する性質があるため、早期の行動が閉院リスクを減らすことにつながります。
人口減少や都市部への人口流出により、地方の病院やクリニックでは患者数の減少が深刻化しています。地域の高齢化や世帯構成の変化によって、特定の診療科目では需要が縮小することもあります。このような状況に対応せず放置すると、経営の安定性は大きく損なわれます。診療科目の見直しや訪問診療の導入、地域住民への健康サービス拡充など、柔軟な対応を行うことが求められます。
診療報酬改定や広告規制など、制度の変更は病院経営に直接影響を与えます。診療単価の引き下げや新しい基準の導入によって収益が減少し、経営を圧迫するケースは少なくありません。制度改正は定期的に行われるため、常に最新情報を収集し、経営戦略を柔軟に見直す姿勢が不可欠です。外部専門家と連携することで、制度改定の影響を最小限に抑えることができます。
病院やクリニックの閉院は、経営者やスタッフだけでなく、患者や地域社会にまで幅広い影響を及ぼします。継続的な治療が中断されることによる健康被害、地域医療の空白、経済的な負担や雇用の不安定化など、多方面にリスクが生じます。あらかじめどのような影響が想定されるのかを把握しておくことで、事前の準備や対策を講じやすくなります。
ここからは、代表的なリスクを具体的に解説します。
病院やクリニックの閉院は、患者と地域社会に大きな影響を与えます。慢性疾患を抱える患者は治療が途絶える危険があり、継続治療先が見つからなければ健康状態が悪化する恐れがあります。特に高齢者や移動が難しい患者にとっては、受診機会の喪失は生活の質の低下につながります。地域全体にとっても医療空白が生まれ、住民の安心感が損なわれるだけでなく、医療難民が増えるリスクも高まります。閉院を検討する際は、地域医師会や行政と連携し、紹介先医療機関を確保するなどの準備が欠かせません。
閉院を行うには、医療機器や什器の処分費用、リース契約の清算、退職金の支払いなど多額のコストが発生します。さらに、借入が残っている場合は資産整理と同時に返済義務を負うため、経営者や家族にとって大きな経済的負担となります。閉院費用は規模によって数百万円から数千万円に及ぶこともあり、十分な備えがなければ個人資産を圧迫する恐れがあります。事前に資金計画を立て、会計士や弁護士など専門家と相談しながら進めることで負担を軽減できます。
閉院によってスタッフが職を失うことは、経営者にとって大きな悩みの一つです。医師や看護師、事務職員が突然職を失えば、生活への不安が高まり地域医療の人材不足も深刻化します。再就職先の確保が難しい場合は離職者のキャリアにも影響します。ハローワークによる職業紹介や再就職支援助成金といった公的制度を活用し、できる限り支援を行うことが求められます。地域の医療機関と求人情報を共有する取り組みも有効で、スタッフが安心して次の職場に移れる環境づくりが大切です。
閉院の背景には経営や人材、地域需要など複数の課題が重なっていますが、早い段階で改善を進めることでリスクを抑えることは可能です。収益と支出のバランスを整え、人材や診療体制を見直す取り組みを積み重ねることで、持続的に経営を続けられる医院づくりにつながります。
ここからは経営を安定させるための具体的な視点を紹介します。
閉院を防ぐためには、まず収益の確保と支出の見直しが欠かせません。医療機器のリース契約や外注費など、固定費を洗い出して見直すことは大きな効果があります。さらに、自由診療や健診サービス、企業との健康管理契約など新たな収益源を取り入れることで、診療報酬に依存しすぎない経営体制を築けます。収益拡大とコスト削減を同時に進めることで、経営基盤を強化し閉院リスクを下げることが可能です。
スタッフの不足や定着率の低下は、閉院につながる大きなリスクです。新規採用だけでなく、既存スタッフのモチベーションを維持することも重視すべきです。労働時間の調整や柔軟なシフト管理、研修制度の整備などは定着率を高める有効な方法です。働きやすい環境を整えることは、スタッフの離職を防ぐだけでなく、患者に対するサービスの質を高めることにもつながります。結果として、経営の安定性を守る効果が期待できます。
地域の人口構成やライフスタイルに合わせた診療体制を整えることも重要です。高齢者が多い地域では在宅医療や訪問診療を導入し、子育て世帯が多いエリアでは小児科や予防接種の体制を強化するなど、地域の需要に応えることが患者数の安定につながります。地域包括ケアシステムとの連携や健康教室の開催など、地域住民との接点を増やす工夫も効果的です。地域に必要とされる診療体制を維持することが、閉院リスクの軽減につながります。
経営に不安を感じた時点で、専門家へ相談することは閉院を避けるための重要な手段です。税理士や社労士、医療コンサルタントなどの外部の目で経営を分析してもらうことで、自身では気づけない課題が明らかになります。金融機関や自治体の支援制度を活用するのも有効です。早期にアドバイスを受け、改善策を実行する姿勢が、長期的に安定した経営を実現する大きな力となります。
閉院せずに医院を存続させる方法として、承継やM&Aを活用する選択肢があります。親族や第三者に引き継ぐことで、地域医療を守りながら経営者の負担を軽減できます。
早期から承継準備を始めておくことで、閉院という選択を避けられる可能性が高まります。
親族に医師がいる場合、親族承継は最も自然な承継方法のひとつです。しかし、単に医院を引き継ぐだけではなく、後継者が経営者としての視点を持てるように計画的な育成が欠かせません。診療技術だけでなく、財務管理やスタッフマネジメントにも段階的に関わってもらうことで、承継後も安定した経営を維持できます。早い段階から後継者候補に役割を与え、院長と並行して経験を積ませることが、親族承継を成功させる重要な要素となります。
後継者が身近にいない場合でも、第三者承継やM&Aを活用すれば病院やクリニックを存続させることが可能です。譲渡先となる医師や医療法人に医院を引き継ぐことで、既存の患者・スタッフ・設備をそのまま維持できます。近年は医療業界におけるM&A件数が増加しており、2022年には前年より約15%増加したとの報告もあります。M&Aを利用することで閉院による地域医療への影響を最小限に抑えられる一方、条件交渉や契約には専門的な知識が必要です。信頼できる仲介会社や専門家のサポートを受けることが成功のカギとなります。
個人経営のままでは承継の選択肢が限られ、承継後の安定性にも不安が残ることがあります。医療法人化を進めることで、親族承継や第三者承継が実施しやすくなり、法人格を持つことでガバナンスや資金調達力も強化されます。法人化により経営の透明性が高まり、銀行や取引先からの信用も向上します。将来的に承継を視野に入れている場合は、早めに医療法人化を検討することが閉院回避につながり、経営基盤を盤石なものにできます。
やむを得ず閉院を選ぶ場合でも、適切な準備をしておくことで患者やスタッフ、地域社会への影響を小さくできます。行政手続きや契約整理といった実務的な対応に加え、患者への案内やカルテの保存、スタッフの再就職支援など幅広い配慮が求められます。
計画的に進めることで、閉院をスムーズに行い信頼を損なわずに次のステップへつなげられます。
閉院を決めたら、まず全体のスケジュールを作成することが重要です。医療法に基づき、保健所へ「診療所廃止届」を提出し、都道府県や厚生局へ保険医療機関廃止の届出を行います。さらに、社会保険診療報酬支払基金に「診療報酬請求終了届」を提出する必要があります。これらの届出を怠ると診療報酬の請求ができなくなるだけでなく、法令違反に問われる可能性もあります。加えて、医療廃棄物処理業者や薬局との契約解除など関連手続きも並行して進めることが求められます。
閉院の決定は、患者にとって大きな不安を与えます。診療終了日や最終受診日を明確に伝えるとともに、紹介先医療機関を提示して治療の継続を支援することが大切です。案内は書面やホームページ、院内掲示など複数の手段で行い、十分な周知期間を確保することが望まれます。地域住民への説明も忘れずに行うことで、長年築いてきた信頼を守りながら閉院を進められます。
カルテや診療記録は法律で保存期間が定められており、外来患者は5年間、入院患者は10年間の保存義務があります。閉院後もこれらの義務は継続するため、適切な保管場所を確保し、管理責任者を明確にする必要があります。電子カルテはバックアップやデータ移行を実施し、廃棄する際には専門業者による適正な処理を行うことが重要です。さらに、患者からカルテ開示の請求があった場合に対応できる窓口を設けておくと安心です。
スタッフにとって閉院は生活に直結する大きな出来事です。早めに情報を共有し、退職金や未払い給与を適切に精算することはもちろん、再就職支援を行うことが望まれます。ハローワークや職業紹介事業者を通じて新しい勤務先を紹介したり、再就職支援助成金など公的制度を活用したりすることで従業員の不安を和らげられます。地域の医療機関と求人情報を共有して受け入れを依頼することも効果的です。誠実に対応する姿勢は、最後まで信頼を守ることにつながります。
病院やクリニックが閉院に至る背景には、経営悪化や人材不足、後継者不在、制度改定など多くの要因があります。突然の閉院は患者や地域社会に混乱をもたらし、経営者やスタッフにも大きな負担となるため、早めの準備と対策が不可欠です。
収益改善やコスト削減、人材確保、地域ニーズに合わせた診療体制の見直しは、閉院を防ぐための実践的な手段です。また、親族承継や第三者承継、M&Aの活用といった選択肢を検討することで、閉院に代わる未来を描くことが可能になります。仮に閉院を決断する場合でも、行政手続きや患者案内、カルテ保存、スタッフの再就職支援を計画的に進めればトラブルを最小限に抑えられます。リスクを理解し、持続可能な医院経営を目指す姿勢が、地域医療を守り続ける力となります。
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著者情報 newhampshire-media