開業して数年が経ち、経営が安定してくると「そろそろ医療法人にしたほうがいいのかな」と考える先生も多いはずです。個人での開業から法人化へ移行することで、節税や事業承継、信用力の向上など、多くの利点が期待できます。
一方で、医療法人の設立には厳密な要件や煩雑な手続きがあり、どこから手をつければよいのか悩む方も少なくありません。
この記事では、医療法人設立の仕組みや要件、費用、流れ、メリットと注意点をわかりやすく解説します。これから法人化を検討している方や、将来的な承継・拡大を見据えて準備を進めたい方にとって、判断の参考となる内容です。ぜひ読み進めてみてください。
医療法人の設立とは?基本的な仕組みを理解する

医療法人とは、医療を安定的かつ継続的に提供するために設立される法人組織のことです。個人で開業している医師や歯科医師が、一定の条件を満たすと法人化が可能になります。法人化によって事業の信頼性が高まり、節税や事業承継がしやすくなるなど、経営上の利点も得られるようになります。ただし、設立には厳格なルールや手続きが定められており、計画的な準備が欠かせません。
個人開業との違いとは
個人開業では、医師本人がすべての権利と責任を負います。利益は個人所得として扱われ、税率も累進課税が適用されます。一方、医療法人にすると法人として課税され、給与所得控除などを活用できるため、税負担を抑えやすくなります。また、複数の理事や社員によって運営されるため、経営が個人に依存しにくくなり、分院展開や承継にも柔軟に対応できます。こうした違いを理解し、自院の将来像に合わせて判断することが大切です。
医療法人の種類(社団・財団)の違い
医療法人には「社団医療法人」と「財団医療法人」があります。社団医療法人は複数の人が出資して設立する形態で、国内のほとんどがこのタイプです。社員(出資者)が集まり、理事会を通じて運営されます。一方、財団医療法人は寄付財産をもとに設立され、公益性が高い反面、運営の自由度は低い傾向があります。一般的な開業医や歯科医院が法人化する場合は、社団医療法人を選ぶケースがほとんどです。
医療法人が認められる目的と範囲
医療法人の目的は、営利ではなく公共性を重視し、地域社会に医療を安定的に提供することです。営利活動は制限され、病院・診療所・介護施設など医療関連事業に限定されます。ただし、その範囲内であれば介護や在宅医療といった関連事業の展開も可能です。設立には原則として都道府県知事の認可が必要で、地域医療への貢献度も重視されます。法人化は経営的な選択であると同時に、社会的責任を果たす一歩でもあります。
医療法人設立の主な要件
医療法人を設立するためには、医療法で定められた複数の要件を満たす必要があります。これらの条件は、医療の公共性と透明性を守るために設けられています。申請前に要件を把握しておくことで、手続きをスムーズに進められます。
設立できる人と必要な資格
医療法人を設立できるのは、原則として医師や歯科医師など医療資格を持つ人です。複数人での運営が求められるため、理事長を含む理事や監事を選任する必要があります。理事は医師または歯科医師が就任するのが一般的ですが、監事は第三者でも構いません。この体制によって法人運営の健全性が保たれます。単独での設立は認められていないため、最低2人以上の社員を確保しておくことが必要です。
出資・社員構成のルール
社団医療法人では、社員が出資して設立します。出資金額に制限はありませんが、出資した資金は法人の所有となり、解散時に返還されない点に注意が必要です。社員は法人の運営に関与し、理事会を通じて意思決定を行います。社員の入退会には定款の定めがあり、自由に変更できない仕組みです。こうした制度によって経営の透明性と安定性が保たれています。
医療法に基づく設立認可の条件
医療法人の設立には、原則として都道府県知事の認可を受ける必要があります。申請時には、所在地、事業内容、役員構成、財務計画などを提出し、医療法や関連法令に適合しているかが審査されます。地域医療への貢献度や経営の安定性も重要な評価項目です。書類の不備があると審査が長引くため、専門家のサポートを受けながら正確に準備を進めると安心です。
医療法人設立にかかる費用と期間
医療法人を設立するには、手続きや書類作成などに一定の費用と時間がかかります。あらかじめスケジュールとコストを把握しておくことで、計画的に準備を進められます。
設立に必要な費用の目安
医療法人設立にかかる費用は、一般的に70万円から120万円ほどです。主な内訳は定款認証手数料、登記費用、印紙代、専門家への報酬などになります。税理士や行政書士に依頼する場合は、さらに数十万円の報酬がかかることもあります。法人化後には社会保険や労務体制の整備も必要となるため、初期コストを見込んで資金計画を立てることが大切です。
設立完了までの期間とスケジュール感
医療法人の設立には、都道府県への事前相談から書類作成、認可申請、登記までの手続きを経て、一般的に4か月から6か月ほどかかります。審査期間は自治体によって異なり、申請内容に不備があるとさらに時間がかかります。スムーズに進めるためには、余裕をもって計画を立て、早めに準備を進めておくことが大切です。
準備しておくべき書類一覧
医療法人設立に必要な書類は多岐にわたります。主なものは以下の通りです。
- 定款および設立趣意書
- 理事・監事の就任承諾書および履歴書
- 診療所の登記事項証明書または賃貸契約書
- 財産目録・収支予算書・事業計画書
- 医師免許証の写し・住民票などの本人確認書類
これらを正確に揃えることで、審査をスムーズに進められます。特に定款や財務資料は審査で重視されるため、専門家の確認を受けてから提出するのがおすすめです。
医療法人設立の流れをわかりやすく解説

医療法人を設立するには、複数の段階を経て手続きを進める必要があります。流れを理解しておくことで、どの時期に何を準備すべきかが明確になり、スムーズに進めることができます。ここでは、一般的な手順を順を追って紹介します。
Step1:事前相談・基本方針の決定
まずは、都道府県の担当部署に事前相談を行います。この段階で法人化の目的や診療所の形態、社員構成などの基本方針を確認します。早い段階で方向性を明確にしておくと、申請書類の作成を円滑に進められます。また、地域医療計画との整合性を確認し、行政担当者と認識を共有しておくことが大切です。必要に応じて専門家の意見を取り入れることで、後の修正や再提出を防ぐことができます。
Step2:定款作成と必要書類の準備
方針が固まったら、法人の基本ルールを定める定款を作成します。定款には、名称や所在地、目的、事業内容、社員構成、役員体制などを記載します。公証人役場で定款認証を受けることで、正式な法人設立準備が始まります。同時に、役員の履歴書や就任承諾書、財産目録、事業計画書などを整えます。提出書類は多いため、行政書士や税理士と連携して不備を防ぐと安心です。
Step3:都道府県への設立認可申請
定款と書類が整ったら、都道府県知事に設立認可を申請します。審査では、申請内容が医療法に沿っているか、地域医療に支障がないかなどが確認されます。審査期間は通常2〜3か月で、補正や追加資料を求められる場合もあります。余裕を持ってスケジュールを立てることが大切です。認可が下りると、いよいよ登記手続きへ進むことができます。
Step4:登記手続き・保健所への届出
認可書を受け取ったら、2週間以内に法務局で登記を行う必要があります。登記が完了した時点で、医療法人は正式に成立します。その後、保健所や税務署、年金事務所などへの各種届出を行い、社会保険や雇用保険の手続きも進めます。これらを丁寧に行うことで、法人運営を円滑にスタートできます。作業が重なるため、スケジュールを整理して進めることがポイントです。
Step5:設立後の運営体制づくり
医療法人が設立された後は、運営体制を整える段階に入ります。理事会を定期的に開催し、経営方針や資金計画を明確にしていきます。法人化によって会計処理も複雑になるため、税理士や会計士の支援を受けることが重要です。また、職員の労務管理や給与制度の見直しを行うことで、安定した組織運営につながります。設立後の整備が、長期的な経営の安定に直結します。
医療法人を設立すべきタイミングと判断基準
医療法人を設立するかどうかは、経営状況や将来の方向性によって判断する必要があります。節税効果だけでなく、承継や分院展開などの長期的な視点から検討することで、より良い判断ができます。
法人化のメリットが大きいケースとは
年間所得が2,000万円を超える場合や、家族を給与として雇っている場合は、法人化のメリットが大きくなります。所得を役員報酬や給与として分散できるため、税負担を抑えることが可能です。さらに、法人は社会的信用が高く、金融機関からの融資を受けやすいという利点もあります。分院展開や設備投資を考えている医師にとって、法人化は前向きな選択肢となります。
まだ設立を急がない方がいいケース
開業して間もない場合や、経営が安定していない場合には、無理に法人化を進めない方が良い場合もあります。医療法人になると、決算報告や理事会運営など事務的な負担が増えるため、体制が整っていないと手続きが煩雑になりやすいです。税制面の効果も、一定以上の所得がなければ大きくは感じられません。まずは経営の安定を優先し、将来の方向性が固まってから法人化を検討するのが望ましいです。
医療法人設立のメリットと注意点
医療法人化には多くの利点がありますが、注意すべき点も存在します。両方の側面を理解することで、後悔のない判断ができます。
節税・事業承継・資金調達の観点からみるメリット
医療法人化の最大のメリットは、節税と経営の安定化です。法人化により所得を役員報酬や退職金として分散できるため、個人事業のときよりも税率を抑えやすくなります。また、法人名義での融資が可能になり、設備投資や新規開業に柔軟に対応できます。さらに、理事長交代や出資持分の仕組みを活用すれば、事業承継もスムーズに行えます。こうした要素が、医療法人化を長期的な経営戦略として有効なものにしています。
デメリットやリスクも理解しておく
一方で、医療法人化には注意が必要です。設立後は定期的な理事会開催や決算報告が義務付けられ、事務的な負担が増える傾向にあります。また、法人の資産は個人の所有ではなくなるため、自由に資金を動かすことはできません。解散時に残余財産を分配できない点も留意すべきです。さらに、行政の監督下に置かれるため、経営の自由度が下がることもあります。こうしたリスクを理解したうえで法人化を検討することが重要です。
医療法人設立後の運営と管理で注意すべきこと
医療法人を設立した後は、継続的な運営や法的手続きを丁寧に行う必要があります。設立がゴールではなく、ここからが本格的な経営のスタートになります。しっかりとした管理体制を整えることで、法人としての信頼を高め、地域医療に貢献できる安定した経営を実現できます。
決算・税務・役員変更などのポイント
医療法人では、毎事業年度ごとに決算報告を都道府県へ提出する義務があります。貸借対照表や損益計算書、事業報告書などの資料を添付しなければなりません。また、役員の変更や定款の改定を行った場合にも、速やかに届出を提出する必要があります。これらを怠ると行政から指導を受けることもあるため、期限を守ることが重要です。会計処理も個人事業より複雑になるため、税理士など専門家と連携して対応するのがおすすめです。
長期的な経営計画を見据えた法人運営
医療法人の運営では、短期的な収益よりも長期的な安定を重視する姿勢が求められます。理事会で定期的に経営方針を見直し、地域の医療需要に合わせたサービス提供を検討していくことが大切です。特に、医師の高齢化や人材確保の課題が進むなかで、後継者育成や職員教育への取り組みが重要になります。透明性のある経営を続けることが、法人の信頼と持続的な発展につながります。
医療法人設立を成功させるポイント

医療法人設立を成功させるためには、事前準備と専門家のサポートが欠かせません。複雑な手続きや書類作成を確実に進めることで、スムーズな設立と安定した経営を両立できます。
- スケジュールを立て、申請時期を見極める
- 定款や財務計画は専門家に確認してもらう
- 設立後の税務・労務体制を早めに整える
- 将来の承継・分院展開を視野に入れておく
これらのポイントを意識すると、設立段階から長期的な経営基盤を築くことができます。法人化は節税だけを目的とするものではなく、医療を持続的に提供するための仕組みづくりでもあります。焦らず計画的に進めることで、結果的に成功への近道となります。
専門家に相談するタイミング
医療法人の設立には、医療法や税法など複数の専門知識が関わります。そのため、初めて法人化を検討する場合は、行政書士や税理士、医療経営コンサルタントなどの専門家に早めに相談することが大切です。手続きを誤ると認可が遅れる可能性があるため、準備段階から支援を受けることで、効率的かつ確実に進められます。専門家と連携し、自院の方針や将来像に合った形で法人化を進めることが理想です。
将来の承継や分院展開を見据えた設計
医療法人化の大きな目的の一つが、将来的な事業承継や分院展開のしやすさにあります。法人化しておくことで、理事長交代や役員の追加が制度的にスムーズに行えるようになり、次世代への引き継ぎが容易になります。また、分院を開設する際にも法人名義で申請できるため、経営の柔軟性が高まります。長期的な視点で法人設計を行うことが、経営の安定と拡大を両立させる鍵となります。
まとめ:医療法人設立は長期的な経営戦略の一歩
医療法人の設立は、単なる手続きではなく、医療経営を長期的に安定させるための大きな一歩です。法人化によって節税や事業承継のメリットを得られるだけでなく、社会的信用を高め、地域医療を継続的に支える体制を構築できます。
一方で、法人化には手続きや維持管理の負担が伴うため、十分な準備と専門家の協力が欠かせません。
「今が設立のタイミングなのか」「どの形が自院に合っているのか」を冷静に判断し、長期的な経営視点で取り組むことが大切です。計画的に進めていけば、医療法人設立は医師として、そして経営者としての新しいステージへの確かな一歩となります。
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