医療経営プロフェッショナル柴田雄一「ニューハンプシャーMC」

MENU

牛丼店に学ぶ思考法 (66)

時代で変わる価値観


「うまい、やすい、はやい」 

この三つの言葉を聞けば、多くの人はオレンジ色の看板を思い出すはずです。そう某牛丼店のテレビCMでも流れている、その企業の価値観となっているフレーズです。この価値観を大切にして、「うまいものを、やすく、素ばやく提供してほしい」という消費者ニーズを的確にとらえ、誰もが知る一大外食チェーンとなっています。

実は、この三つの順序は時代とともに変化しています。もともと築地市場で創業し、そこで働く人向けに提供することから始まりました。その頃のフレーズは「うまい、はやい」の二つだったそうです。忙しい市場では、とにかくうまいもの、はやいものが求められたのでしょう。そして1970年代に入り、「はやい、うまい、やすい」と“うまい”と“はやい”の順序が逆になり、ここで“やすい”が初めて登場してきます。高度成長期に入った日本では、「うまさ」よりも「はやさ」だったのかもしれません。さらに1980年代に突入すると、「うまい、はやい、やすい」と、“うまい”と“はやい”の順序が元に戻っています。その後、2000年代は「うまい、やすい、はやい」となり、今に至っています。失われた10年といわれ、デフレや景気低迷が続いており、“やすさ”が“はやさ”よりも前に来ているのは、この時代ならではです。

消費者ニーズを的確にとらえ、それをシンプルな言葉に置き換えて、具体的な形にしてきている典型的な成功例です。ただし、その成功例をなぞるようにして競合が増えるのもビジネスの世界では当たり前で、この企業が厳しい局面を迎えていることも事実です。過去に、事実上の倒産という憂き目にあった企業ですから、一ファンとしても、また新たな消費者ニーズに合致させながら復活を遂げてほしいものです。  

思考の意味と思考術

「はやい、うまい、やすい」というフレーズが、消費者ニーズに合わせて順番を変えてきたと述べました。ただし、万人がその順番に合致しているというわけではありません。あくまで総論として、そして企業側の優先順位としての位置決めとなります。消費者は、それぞれ食事に対するニーズを持って外食行動を起こします。消費者側からの視点では、ニーズというよりも思考という言葉の方が表現として、しっくりくるのかもしれません。

思考とは、「考えること、物事の表象を分析して整理し、あるいはこれを結合して新たな表象を得ること」とあります(大辞林より一部抜粋)。食事をしたいと考えたとき、その思考として、時間がないから早く食べたいという思考が先にくるかもしれません。あるいは、時間はあっても財布の中がさみしいから安いものを食べたいという思考が一番かもしれません。うまさは、値段設定との相対評価で価格以上にうまいと判断しているだけで、優先順位としては最後かもしれません。

食事ですから、うまいは前提です。ただ値段と時間を気にする必要がなければ、高級レストランに人の足は向かうはずです。私を含めてファンとなれば、とにかく牛丼を食べたいという思考を持ちます。BSE問題で一時期、米国産牛肉の輸入が制限され、代替品の「豚丼」となりました。しばらくして、限定的に牛丼が復活すると、牛丼店の前には長い行列ができました。しかも、値段は上がっていたのです。「あの牛丼という“うまい”ものを食べたい」という一つの思考が独占された表れです。

近年、病医院職員向けの研修テーマとして論理的思考術(ロジカルシンキング)を取り上げてほしいという依頼が増えています。この思考術を使い、問題解決の技法の一つとして取り組むことで、より早い解へ導くことができます。医療の現場では、事象を分析して整理し、あるいは結合させながら解に近づけさせていくことで患者のアウトプットが大きく変わります。牛丼店の思考術が医療の思考術とつながってくるのです。

株式会社ニューハンプシャーMC
代表取締役・上席コンサルタント 柴田雄一