「A院長、先生のところの医療法人の出資持分の割合ってご存じですか?」
「開業の時に、私の両親に金銭的な援助は受けました」
「そのお金の申請は、単なる貸付ですか?それとも出資金に組み入れていますか?」
「どうだったかな……」
「他にも援助は?」
「妻のお父さんにも少し援助してもらったような。でもはっきり覚えていません。実は、税理士からの勧めで法律が変わるからといわれて、節税にもなるからとそれだけの理解で法人化しました」
筆者顧問先のある医療法人について、新築移転という大きな転機を迎える中、法人・個人の保険や資産、負債、財務など見直しをかけていた際の会話です。個人開業医が節税できるからと、それ以外の内容をあまり知らずに医療法人化しているケースは少なくありません。行政書士などに任せて、定款を細かく見たことはないという理事長も多いのではないでしょうか。それこそ複雑ですから、すべてを理解できる訳もありません。しかし、定款を精査してみると、リスクが眠っていることも少なくありません。その一つが、2007年以前に設立した“持分あり”医療法人の出資者の払い戻しリスクです。前回の本連載で、「持分あり」医療法人では解散時の残余財産を出資者同士で出資持分割合に応じて分配できますが、「持分なし」での残余財産は国などに帰属されることになったことを説明しました。
設立当初は数百万円の出資でも、資産が膨らむことで分配金も同じだけ増えてきます。出資者が理事長である院長のみであれば何も問題ありませんが。しかしながら、他に出資者がいると、前述のようなリスクを抱えることになります。配偶者、両親だから払い戻しを要求されることはないと思われるかもしれません。ただ、配偶者も離婚すれば他人です。両親の場合は、亡くなれば出資持分は相続対象財産となり、相続税がかかります。解散しなければ配当はできないため、別途税金支払いのために現金を用意しなければなりません。また、兄弟がいて遺言での決め事がなければ、自分以外にも相続税の支払いが発生するので、払い戻しを要求される可能性が増えてきます。そうなれば、身内だからといって安心できません。
「持分なし医療法人」への移行を促したい厚生労働省は、この部分のリスクに着目したのです。そして14年10月から3年間、税制優遇措置や低利の融資制度を設けました。実際にどの程度の優遇があるかは、告知用リーフレットに具体例として示されているので、それを紹介してみましょう。(厚生労働省ホームページ http://www.mhlw.go.jp/topics/
bukyoku/isei/igyou/dl/ikousokushin.pdf)
被相続人に出資持分が2億円(出資額1000万円、利益剰余分1億9000万円)あり、その他財産が1億円の計3億円を法定相続人1人で相続したケースです。出資持分2億円の相続について納税猶予の手続を行い、出資持分をすべて放棄して、この制度適用期間内に「持分なし医療法人」に移行した場合、15年1月以降の相続に関する税額を算出すると、次のようになります。
①すべての相続財産の税額算出
課税遺産 2億6400万円
納税額 9180万円
②出資持分のみを相続した税額算出
課税遺産 1億6400万円
納税額 4860万円(猶予納税額)
結果として、9180万円-4860万円=4320万円の節税効果になるということです。なお、筆者は移行を勧めている立場にある訳ではありません。移行については法人の任意の選択が前提です。また、贈与税などが課されるケースもありますので、“ケースバイケース”での適用になってきます。まずは定款を読み返してみてはいかがでしょうか?
株式会社ニューハンプシャーMC
代表取締役・上席コンサルタント 柴田雄一