ビジネスの分類法の一つとして、「ストック・ビジネス」と「フロー・ビジネス」というものがあります。不動産ビジネスにおいて例えると、ストック・ビジネスが不動産賃貸業で、フロー・ビジネスが不動産販売業になります。賃貸業は、一度借主と契約してしまえば安定した収入を得られます。契約者が増えれば、その分の収入が蓄積されていきます。一方、販売業では土地や建物が売れたら収入を得られますが、売れなければ収入はないので不安定です。しかしながら、売却益は賃貸よりも販売のほうが大きくなります。
つまり一般的には、ストック・ビジネスはローリスク・ローリターンで、フロー・ビジネスはハイリスク・ハイリターンであるといえます。どちらのビジネスがよいわけでもなく、一長一短があります。ということで、ビジネスの教科書では、リスクヘッジ(危険回避or危険低減)のためにストック・ビジネスとフロー・ビジネスをバランスよく組み合わるのがよいとされています。
医療経営の世界ではどうでしょう。多くの医療機関はストック・ビジネスといえます。開業当初は1日平均患者数が数人で、新規患者ばかりです。その後、徐々に1日平均患者数が増えていきます。増えた分は当然すべて新規患者というわけではなく、すでにカルテが発行されている既存の患者も含まれてきます。初期は新患の割合が多く、時間の経過とともに既存患者の割合が増えてきます。例えば保険診療中心の内科クリニックであれば、数年もすれば生活習慣病などの慢性疾患で定期的に来院する患者が大半を占めるはずです。
もちろん、フロー・ビジネスの分類に属する医療機関も存在します。例えば鼠径ヘルニアや白内障、レーシックなど日帰り手術などを中心に展開しているようなところです。手術の単価は高くなりますので医業収入は大きくなります。とはいえ、術後のフォローが必要な外科的処置も少なくなく、一概には言えませんが、常に新規患者で回せなければ経営は成り立ちません。よって、病院のように複数科標榜しているところは、リスクヘッジのためにストック型である内科やリハビリ、利益率の高い透析部門などと、フロー型の外科や救急部門を組み合わせてリスクヘッジしながら運営しています。
個人診療所では、日帰り手術や一部の自費診療、予防領域を除けば、やはりストック・ビジネスが中心です。つまり、“患者が定着してナンボ”の世界です。にもかかわらず、その実態を定量的に把握している経営者は多くないのではないでしょうか。「定量的」とは、患者の定着率のことです。例えば、1年前の同月に初めて来院した患者が、今月何人来院しているのかをご存じでしょうか? もっと言えば、初来院日から半年後は何人来院しているでしょう。感覚ではまだ追い付けるかもしれませんが、2カ月後、3カ月後の定着率などとなれば、データ収集していなければ分かりません。
データ収集は簡単です。前年同月の全新規患者をピックアップし、その後の来院状況を調べれば把握できます。例えば、その月に新規患者が100人いたとします。翌月に50人来院していれば2カ月目の定着率は50%です。3カ月目が20人ならば20%です。1年間追跡すれば定着率を大枠で把握できます。もっと精度を上げるならば、新規患者のデータ収集期間を増やせばよいのです。正確を期すならば、毎月新規患者の追跡調査を行うだけです。
ある内科クリニックでは1カ月目が62%、2カ月目26%、3カ月目18%、6カ月目では7%、1年後で5%でした。定着率を把握しておけば、離反防止対策にも早い段階から手を打てます。また、広告宣伝の費用対効果も、この数字を使うことでより正確に見積もることが可能です。患者数が増えているときよりも、減っているときにこそ生きる数字かもしれません。気になる先生は、一度把握してみてはいかがでしょうか?
株式会社ニューハンプシャーMC
代表取締役・上席コンサルタント 柴田雄一