日本人のおよそ3分の2が生活習慣病で亡くなっているといわれている昨今ですが、現在国を挙げてこれらの予防に力が注がれています。名前の通り、生活の中で習慣化された不摂生や偏食などが病気の原因です。一度覚えると自然になびく習慣ですから、それを急に変えるということはなかなか難しいものです。まして予防の段階では主訴もないわけで、食生活も含めた規則正しい生活に変えようとする動機がありません。
そうやって何も変えることなく、そして自身が気づかないうちに徐々に身体が蝕まれて、症状が出たときには手遅れになってしまいます。動機がなく急激な変化も現れないので、そう簡単に予防が進むとは考えられません。予防段階での話だけではありません。人間は、環境適応能力が高い生き物です。体重が増え、血圧も上がって医師から忠告を受けたとしても、生活習慣を変えない人もたくさん見られます。
ビジネスの世界で時折、「ゆでガエル現象」という表現が使われることがあります。
「いきなり熱湯にカエルを入れれば、びっくりして反射的に飛び跳ね、その場から脱出するが、常温の水に漬からせてから徐々に熱していくと、その変化に気づかず、熱さを感じたときには跳躍する力を失い、飛び上がれずにそのままゆで上がってしまう」
医療の世界は規制された業界です。経済不況の影響も最小限で、皆保険によって「患者の支払いが3割以下でよい」というビジネスとして見れば、とても有利な経営環境です。ただし、その裏には「ぬるま湯」という言葉が含まれていることも忘れてはいけません。
一般ビジネスの世界であれば、個人事業所の生存率を例に挙げると、1年目で60%です。10社立ち上げて4社が廃業してしまいます。5年後の生存率が25%、10年経つと10%しか残りません。これを見て、医療機関がいかに守られた環境の中で経営しているかが、うかがい知れるはずです。
医療機関の経営環境が「ぬるま湯」であることは、私は決して悪いことではないと思っています。しかし、「ゆでガエル現象」に陥ってしまいがちなことも知っておかなければなりません。毎日の業務の中でのほんの小さなミスに慣れてしまっていませんか? 患者や職員の小さな不満が表面化していないからと目をそらしていませんか? 患者数が年々微減していることを薄々感じながら何もしていないということもあるでしょう。突然、近隣に競合する医療機関が開業して新患が急激に減り、最初は焦っていたけれども、それに慣れてしまった自分がいる。そんなことが積み重なり、恒常化されたあるとき、突然自身に降りかかってくる――。まさに生活習慣病と同じなのです。
これを予防するための方法は一つしかありません。変化を感じる環境に身を置くことです。「変化を感じる」ために必要なのは「比較」です。比較対象は、「時間」「場所」、そして「場合」、いわゆるTPOです。「時間」であれば、年度ごとの収益や患者数、利益率、給与費、クレーム数というように、定量的に自分の過去と比べることで変化を感じ取ることができます。「場所」というのは、他の医療機関との違いを知ることで、相対的に自分たちがどういった立ち位置にいるのかが確認できます。「場合」では、「医療の場合は〇〇だから」と井の中の蛙にならないよう、他の業種や業界などの動向や常識を頭に入れながら、医療の世界の特殊性がより肯定的に理解できるようになります。
「時間」では何を指標にするかを決め、適切な頻度でチェックすることが重要ですし、「場所」では他の院長先生の会話や他院の視察、雑誌や勉強会での事例研究など、積極的に情報を獲りにいく姿勢が求められます。「場合」では、生活習慣を変えるように固定観念にとらわれない勇気も必要です。自院の生活習慣予防として、今ある小さな危機に目を向けてみてはいかがでしょうか。
株式会社ニューハンプシャーMC
代表取締役・上席コンサルタント 柴田雄一