コロナ禍で医療機関の収入が減少しています。全国の保険医協会等を通じて今年4月から5月にかけて実施した調査結果では、回答があったクリニック(診療所)の85.6%が減収となっています。またそのうち26.7%が前年4月の同月比3割以上の減収となっています。筆者クライアントの状況からみて、4月よりも5月のほうが減収傾向は強く出ていますので、更にこの数字は悪化していると想定されます。なお開業して日が浅いなどで収入が少なく財務基盤が弱いクリニック等は資金ショートによって倒産の危険性は高くなります。資金調達や借入返済の見直し等、対策に迫られることとなります。一方、経営が安定しているクリニックでは、診療抑制が激しかった小児科と耳鼻科を除けば、4月、5月の減収率の大きかった底の時期でも赤字が出るまでにも至っていないところが少なくありません。見通しが立たないため、そのクリニックの状況に合わせて適宜対策は講じることとなりますが、そうは言っても自粛要請によって収入がゼロに近かったり、客足も戻っていなかったり、再び営業の自粛要請が出るかもしれない状況の飲食業や旅行業など他業種と比べれば、程度の差はあれど“全然マシ”ということなのかもしれません。
しかし、危機的状況には全然至っていないといっても経営者としては、減収自体で不安に苛まれます。プライマリケア中心のクリニックでは、季節変動はあるにせよ、軌道に乗りさえすれば競合クリニックができるなどの理由がなければ、医業収入は安定してきます。またリーマンショックなどの経済不況も影響は少なく、また自然災害などでも被災地を除けばその影響も受けにくいため、減収自体の経験が少ないのがクリニック経営者です。
だからこそ、初めての経験による不安を抱き、この未曾有の出来事がいつまで続くか、誰もが先読みできない状況でその不安を増強させてしまいます。実際に、内部保留の多い財務体力のあるクリニックであっても、筆者クライアントの大半は、備えるために資金調達を行っています。
分院など保有しないような個人で運営しているクリニック経営者は、負債については早く返えして身軽にしたいと思う方が多いように感じます。実際にそういった思いをもつ財務基盤も強いクリニックでさえ、今回融資を受けました。やはり“不安”がそう決断させているのだと思います。なお、今回利用している福祉医療機構が行う貸付が、元金据置期間が長く、連帯保証人をつければ据置期間は無利子でその後も超低金利と平常時ではありえないような好条件だったこともあります。
いずれにしても準備をしておくということは、不安材料を一つ消すこととなります。そのように不安材料をつぶすために、危機的状況には至っていない漠然とした減収に対する不安についての解消について、クライアントの経営者と行っていることがあります。それは減収の限界値を把握してもらいます。月々の損益分岐点ではありません。もっと長期的視野に立って把握していただきます。個人のクリニックならば、減収は直接自身の所得に直結してきます。つまり経済的な不安につながります。その根源は、まず今の生活を維持できなくなることで、また将来思い描いている生活ができなくなる不安です。減収の限界値とは自分が描く人生に必要となる生涯所得額のことです。それを算出するのがライフプランです。
ライフプランとは、結婚や出産、教育、住宅購入、開業、引退、余生といったライフイベントを見据えながら、思い描く(又は現実的な)生活にかかるお金を賄えるだけの所得を可視化して人生の設計をすることを言います。必要所得が明確になれば、そこが減収限界値です。もし、限界値を超えしまうようであれば、設計の見直しを図ることとなります。どこまでの見直しに許容できるかを予め算出しておけば、減収してその許容限界値までならば、必要以上にうろたえることはなくなるはずです。人生の可視化をしてみてはいかがでしょうか。
株式会社ニューハンプシャーMC
代表取締役・上席コンサルタント 柴田雄一