東京都の小池百合子東京都知事が4月10日、新型コロナウイルスの感染拡大防止の措置として、人との接触を8割削減するために一部施設への休業要請をすると述べたうえで「危機管理の要諦というのは最初に大きく構えて、そしてそこから状況が良くなると逆に緩和していく。様子を見てから広げるのではなくて、最初に広げてだんだん縮めていくというのが普通の危機管理ではないかと私はそのような考えを持っており、また都民のみなさまの命を守るというためにはそのこと、そういうコンセプトこそが必要なのだということでこれまでも準備を重ねてきたわけでございます」とコメントしています。その発言の中で“危機管理”という言葉が何度か登場しています。
前回、リスクマネジメントにおける取るべき基本ステップをご紹介しましたが、リスクマネジメントとこの“危機管理”が同じように語られることがあります。しかし危機管理はCrisis Management(クライシスマネジメント)です。Riskを辞書で引くと『危険』や『恐れ』となりま。つまり好ましくはない事象が発生する可能性を意味しています。一方でCrisis=『危機』とはすでに発生している好ましくない事象となります。よってリスクマネジメントは、将来発生するかもしれない危険に対して事前に対応・管理することであり、危機管理は、すでに発生している(もしくは直面している)事象に対応・管理することとなります。
Crisisの語源を調べてみると、ギリシャ語のKrinein(=決定、選別)、そこからラテン語に転じてKrisis(=転機)が語源となっています。つまり好ましくない事象が発生してからの対応次第で結末が変わってくることも意味に含まれていると考えています。このことから危機管理とは①平時の状態から②危機となる事象が発生し、その発生時の③初動の対応と④初期対応⑤緊急復旧や応急復旧、そして⑥本復旧のそれぞれの転機でどのような対応をすべきかの一連が『危機管理』の筆者なりの解釈になります。
この『危機管理』について病棟で起きうる入院患者へのインシデント・アクシデントとなる転倒を例にあげて表現してみます。
① 入院患者が夜トイレへ向かっている(平時)
② 歩行中に介助者が一瞬目を離した際に転倒(発生)
③ 入院患者の転倒後の様子から生命の危険にも及ぶ可能性を考慮しすぐに応援を呼ぶ(初動)
④ 病棟の看護師長がかけつけ当直医の呼び出し、同時にストレッチャーを準備するよう指示(初期対応)
⑤ 患者の状態をみながらストレッチャーへ乗せ、駆け付けた当直医によって応急処置を行う(緊急復旧、応急復旧)
⑥ 精密検査後手術(本復旧)
医療現場では、このような医療事故防止やダメージコントロールの観点における危機管理は常日頃行われています。一方で病医院経営における危機管理はどこまで想定して備えているでしょうか。実際問題として中国の武漢市で新型ウイルスの感染が確認されたというニュースを聞いた時点で、オリンピックの延期を誰が予測できたでしょうか。それほど未曾有の事態です。備えなど誰もしていないと言っていいのかもしれません。
経営における危機管理の最終的な落としどころは“事業の継続”です。4月は各科軒並み影響を受け、例えば内科クリニックの医業収入は例年の1~3割減、小児科は5~6割減などとなっています。ほぼすべての病医院が減収という事象が発生しています。そのさなかで、本稿執筆時の夜(5月14日)、39県の緊急事態宣言が解除決定されるとなっています。とはいえこの先がどうなるかまだまだ読めない中、経営者としての危機管理能力が問われます。財務基盤の脆弱な病医院ほど初動対応を誤ると破綻に直結します。そうならないための『危機管理』が自院の継続につながるのです。
株式会社ニューハンプシャーMC
代表取締役・上席コンサルタント 柴田雄一