Column

不健全経営のすゝめ

※柴田雄一が連載中の『卸ニュース「病医院経営のチェックポイント」(IQVIAソリューションズジャパン(株)発行)を転載した記事となります。

交 渉 力 (70)


廃業寸前の交渉

あるクリニックの経営の立て直しを依頼されました。開業してから患者が集まらず、運転資金も枯渇寸前となっていました。院長自身は無給です。さらには貯金を切り崩し、積立預金や保険なども解約し、時間の合間を縫って他で非常勤のバイトまでしなければならない状況でした。廃業も考えましたが、開業時に多くの借入があり、また徐々にではありますが患者も増えているということもあって、撤退という決断までは至らずにいました。そして、あるご縁があり筆者が呼ばれコンサルテーションを引き受けることになりました。

このケースでは、現金の出を減らすことから始めることになります。余剰人員の削減、過剰な医薬材料発注の停止と、それら業者との設定価格の見直し交渉などコスト削減を徹底的に行います。借入返済の見直しも行います。金融機関側へ元本返済の保留、医薬品や委託業者などの支払いの先延ばしなども同時に交渉していきます。
先に現金の出を徹底的に抑えたら、すぐに現金の入りを増やす対策を打つこととなります。集患対策を施し、診療単価を改善させて売り上げを上げることだけではありません。追加の融資を得るための交渉を行います。このクリニックの場合には、最終的には金融機関の変更を行いました。開業資金だけでなく院長個人が抱えていた住宅ローンも含めての借り換えです。借り換えといっても、当時の経営状況では、金利は上がってしまいます。新たに融資する側もリスクを取るからに他なりません。とはいえ、元本部分の返済は1年の猶予を得られ、運転資金の追加融資も受けられ、結果として現金保有量を増やすことができました。賃料交渉も行い、一時的に引き下げることにも成功しました。支出が少なくなり、売上も徐々に増えてきた結果、ほどなく採算ラインを越え、危機的状況を乗り切ることができました。

交渉力を磨くポイントとは?

本ケースは、現金の出を減らし、入りを増やすという一見すごく単純な改善スキームです。どこに手を施せばよいかを教えれば、誰でもスキーム自体を描くことができます。しかしながら、そのスキームを実行するには、あるスキルが必要となります。「交渉力」です。交渉というと、海千山千の経験豊かな専門家が仕手(投機家)戦を繰り広げているようなイメージで難しく思われるかもしれません。ただ交渉とは、いわば相手との合意形成に必要なコミュニケーションです。よって、誰でもが日常生活で頻繁に交渉を行っています。家事や子供の面倒を誰が見るのかといったことも夫婦間での交渉事です。クリニック経営においても、医薬材料の仕入れ値引きの交渉をしたり、スタッフの賃金決定に交渉が行われたりもします。

生まれつき交渉に長けたセンスある人もいます。しかし、交渉力はスキルですから、磨けば光ります。そこで、スキルアップのポイントを3点ご紹介しましょう。まず交渉は、勝負事ではないと理解することです。白黒ハッキリさせるのが勝負ですから、妥協すれば負けです。しかし、交渉に妥協は必要です。落としどころである妥結点を見つけることが交渉なのです。その上で相手の立場と利害を見極めることです。交渉相手のポジション(役職や組織内での立ち位置など)や世間体などの建前部分です。例えば、値引きの際、相手が値引きの決定権者であるのかを計ります。もし決定権者でなければ、その担当者は社内で稟議を通さなければなりません。その材料をこちらで用意することも有利に進めるためには大切です。
一方の利害というのは、本音の部分であり、相手側にとっての最も望む部分です。ビジネスにおいては相手の利益構造を知ることが肝心です。先の事例において、取引業者、金融機関、家主(賃料)の交渉に際して、交渉相手の立場と利害を見極め、妥結点まで持って行けたことで、これらの対策を実行できたのです。この3点を意識して交渉に臨んでみてください。
株式会社ニューハンプシャーMC
代表取締役・上席コンサルタント 柴田雄一

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